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観たものや読んだものの感想など

『劇場版 仮面ライダーゼロワン REAL×TIME』感想

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「劇場版ゼロワン最高だった……」
「ゼロワン凄く良かった。TVに不満あった人も必ず観て」
「ゼロワン有終の美を飾ったな」
「セイバーの原液を飲んだ」
「ゼロワン本当に良かったです」


自TLに飛び交う称賛のpost。
絶賛。絶賛ですよ。
結構なことです。


劇場版の出来が今年のゼロワンは非常に良いらしい。実際、例年の映画公開直後に比しTLに弾みがある。普段辛口のあの人も笑顔で映画館を後にしたようだ。
他人の評を鵜呑みにする訳ではないが、感性や嗜好が近似する者同士で自然と集まるようになっているのがtwitter。「信用できる」というヤツだ。


だが悲しいかな、この「信用できる」を
「ゼロワンという作品への信用できなさ」が強烈に上回ってしまう。

ゼロワンを振り返って


前作、仮面ライダージオウで平成仮面ライダーがひとまずの幕引きとなり、新たな「令和仮面ライダーシリーズ」初撃となった本作「仮面ライダーゼロワン」。蛍光イエローのビビッドなカラーリングにバッタモチーフの複眼、触覚に涙ラインと伝統を踏襲しており、よく言われる「仮面ライダーって覆面だよな」の突っ込みに対するような真に"仮面"を嵌めたアプローチも野心的と、正統と異端の二兎追いがキマった訴求力の高いデザイン。
プロデューサーは大森敬二氏、メイン脚本に高橋悠也氏と、3年前の快作・エグゼイドのホームランバッターを据えた布陣に期待が寄せられます。メイン監督は近年の戦隊シリーズで気を吐く若手の杉原輝昭監督。「ジオウ」のアギト回ではふたつのトリニティを並び立たせファンを湧かせてくれました。

迎えた1話、「ゼロワン」最大の独自要素にして、製作側が最も見せたいものとして注力する人型人口知能「ヒューマギア」は、筋崩壊太郎を演じるなかやまきんに君の好演もあり、庇護欲及び敵に回る悲哀をかきたてる健気なAIとして視聴者の心を掴む。つまらないギャグを飛ばす元芸人の若手社長である主人公の飛電或人や、彼に付き従う淑やかなヒューマギア秘書のイズを始めとする見目の良いキャラクター達も番組に華を沿え、順調に番組は進んでいく。


そして年明け、俗に言う「お仕事五番勝負編」


5番×前後編+3話=13話による大ボリュームがもたらす強烈な本筋の遅延。面白ければそれもいいのだが、社会見学のようなエピソードの数々はどうにもヒーロー番組としての面白さに収斂していかない。暴走の危険・雇用剥奪のリスクを軸に展開される反ヒューマギア論を突破できるだけの強度を味方サイドの主張に持たせられない事を見越してか、天津を始めとした敵サイドの人格や品性を落とす方向で作劇が帳尻合わせされているため不快な描写も目立つ。
夢のマシンである筈のヒューマギアにもアークの影響と一切関係なく人間への敵意に目覚めるチェケラ*1が出たりと、視聴者目線でも「危険なロボット」に見えてしまい、肯定の土台に大きな揺らぎが生じてしまった。連鎖し、徹頭徹尾ヒューマギアの肩を持つ主人公の或人にも気持ちを寄り添わせ辛くなっていく。


続く「飛電製作所編」で人気二号ライダー・バルカンの不破さんはキャラクターの推進力だった凄惨な過去をまるごと消された。ゲストキャラのお仕事描写に圧迫され、メインキャラの縦の掘り下げ・横の関係性共に浅く薄いままここまで来てしまった為、技術者としての矜持を前フリ無しに叫ぶ刃唯阿のように「積み上げたものが無いのに、積み上げたものが結実するようなシーンを出して乗り切る」事もこの時期から多くなり、それが更なる違和感を生み、借金を借金で返しているような番組視聴感が募る。
時を同じくして連呼されだす「夢」も、無限の広がり・究極の自由を意味する筈の単語を、ヒューマギアが己の製造目的へと向けるやり甲斐のように当て嵌めてしまう為、本来の意味と逆に運命論じみていて自分には汲みがたいポリシーでした。被造物が本来持ち得ない筈の「夢」を抱くことにより、創造主に課せられし役割から解き放たれる王道の物語*2は古今東西多いだけに、尚更引っ掛かり、ノれない。


そしてコロナ禍による総集編を挟み、最終クールとなったアークゼロ編。物語が色んな意味で混迷していく中、な、なんとあのロボット犬・AIBOがニチアサに参戦!!!

鼻持ちならなく傲慢ながらも、筋の通った主張で或人の理想へ現実を突き付け、時に指南を与え共闘もする先達経営者ライバルとして期待される役割を、アークに悪意を吹き込んだ元凶設定が阻害して全く果たせず、悪辣な小悪党に終始し不興を買った天津垓。
しかし、それでも制作側が「もうひとつの正義」を謳い送り出したキャラクターなのだからと、演じる桜木那智さんの熱演にも免じて最後まで期待していただけに、AIBOの「さうざー」を見て涙を流す崩れぷりは悲しく、貞操を守ろうとする乙女のような悲鳴をあげてチャンネルを変えた。この頃はもう本編で鬱積したフラストレーションを俳優さんのインタビューやyoutubeで癒す本末転倒になっていた為、AIBOがトドメとなって視聴から脱落。後で小耳に挟んだ所によれば「AIBOによる天津の改心はコロナ関係無く既定路線だったらしい」というのがまた……

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AIBO自体は本当に可愛いんです。

劇場版を観に行こう


とまあ当時の心境を振り返るととりとめがなくなってしまいましたが、要は「仮面ライダーゼロワン、映画はちょっといいかな」ってコトで、映画館に行っても鬼を滅したり感染する半島を観ていたんですね。

だが連日のようにTLでゼロワン映画の話題が盛り上がっていれば触発されてくるのが人間というもの。岩戸の外で踊るアメノウズメが気になってきた天照大神の心境である。
ゼロワンという作品に対する、成仏しそこねた亡霊のような未練もここに来てごぼごぼと湧き出してきた。

そしてTTFCに課金し、当時ドロップアウトしたAIBO後編~最終話を一気呵成に視聴。

ヒューマギアにまつわる社会問題はアンサーを出せないまま、或人と滅の決着に呼応させる形で無理矢理に畳みこまれてしまっていた。サウザー課に左遷された天津垓はもう一周回って楽しめるが、雰囲気作りの為雑に持ち出される「仮面ライダー」の呼称、思わせぶりな態度でその実最後まであたふたしてるだけだった迅、突然部下に慕われていたことになりAIMS隊長に返り咲く唯阿、無職になった不破さん(隊長に相応しいのはこっちじゃないの??)、イズの復元を巡る或人の選択……と疑問符をぱかぱか大量にポップアップさせながらの慌ただしい幕引き*3によって劇場版への期待はすり潰され、これから観るにあたりバッドなコンディションに仕上がってしまう。


これ、これが、本当に映画で面白くなるのか???????


魅力的な劇場版ライダー達


面白いんです。

面白いんですよ、劇場版仮面ライダーゼロワンREAL×TIME。

ハッキリ言って歴代劇場版でも相当に面白い。間違いなく傑作と言っていい。


神が6日掛けて世界を創造した聖書の一節を嘲笑い「60分で世界を破壊し楽園を創造してみせる」と豪語する武装集団「シンクネット」の首魁エス。対するは飛電或人を始めとするTV版ゼロワンお馴染みのキャラクター達であり、彼らの最終回後の姿及び、事態収拾に奔走する様が描かれるのが本映画の大筋。要所要所にてタイムリミットが刻まれ、ちょっとした「24」のように仕上がっているのが特徴で、擬似リアルタイムとはいえ、事態の緊急性及び登場人物達の感じている重圧を観客にも共有させる効果は十分、「REAL TIME」の名に恥じないものとなっています。

まずライダー映画の大きな見所といえば、主人公達の前に立ちはだかる敵ライダー。

平成1期後半からは既に十分な演技経験のあるベテラン俳優や芸人、時には主題歌アーティストが変身者として選ばれるパターンが多く、発表の度に「そうきたか!」と意表を付かれどよめきが挙がるのも恒例行事。
今回「REAL×TIME」でボス格を勤める「仮面ライダーエデン」の変身者にして本作の黒幕・エスを演じるのは俳優の伊藤英明さん。「海猿」「天体観測」「弁護士のくず」*4といった作品群で頭角を現していた頃を観ている非常に馴染み深い俳優さんなので、「令和・ザ・ファーストジェネレーション」山本耕史さん*5に続く「この人がついにライダーか!」と私的にも嬉しいチョイス。アジテーショナルな口調と身振りがシンクネットの教徒達を駆り立てる教祖として、そして恋人を救えず慟哭した一人の男性としての両面を演じ切る芝居巧者ぷりは流石のもの。
変身する「仮面ライダーエデン」も存在感抜群。デザイン上のアクセントである、ダークブルーの装甲面に這う血の管の如しラインはゼロツーとの夜間戦闘において強力な視覚的対比を生み、冒頭から観客の目を映画に釘付けにする事に成功している(オタクはライダーやウルトラマン、ガンダムが暗所で光るのが大好きなので……)。変身に用いるゼツメライズキーの意匠はなんと「人間」。女体を模したライダモデルがエスを抱擁する、妖艶で、冒涜的で、悲哀を感じさせる変身プロセスはなかなかニチアサでお目に掛かれない方向性の演出で一見の価値アリ。勿論戦闘においても強敵で、ゼロワンにおいて悪意の象徴的カラーであるブラッディレッドの飛沫を、時には鋭利な爪牙として、時には敵を閉じ込める檻として存分に使いこなす。物語の進行と共に「悪のライダー」としてのヴェールが剥がれ、教会に植えてあった花*6とラインのカラーリングが重なるなど、変身者のエス共々、終盤では全く違った印象に見えてくる双面性にも驚かされた。

そして「仮面ライダーアバドン」。ユダヤの言葉で穴を意味し、農作物を食い尽くすイナゴや疫病、戦争を司る奈落の魔王アバドンの名を冠するこのライダーはまさに「イナゴ」がモチーフの、単独の強さよりは物量での制圧力に優れるタイプの量産型ライダーであり、こちらもエデンに劣らず魅力的(オタクは量産型が大好きなので……)。
アバドン部隊とAIMSの射撃戦はまさに「戦争」で、大作洋画並みとまではいかないまでも、大規模テロを取り扱う本作のスケールを感じさせる迫力に仕上がっていて大好きな場面。「銃の反動を回避行動に利用する」「捨てゲーによる離脱」「戦闘機がライダー目掛けて対地攻撃を仕掛けてくる」など、さながらネット対戦FPSのようなカジュアル描写も盛り込まれており、いかにもゲーム世代の人である杉原監督の「らしさ」が発揮された楽しいものとなっている。流石に対ライダー戦では戦闘経験・スペックの差故にやられ役に回りがちではあるが、兵隊としての存在感は申し分なし。

更にもう一体、本作には「仮面ライダールシファー」なる敵ライダーが存在する。エデンやアバドンに比して出番も短く、さしたる強敵でもないので名前負け感が無くはないのだが、楽園を追放されし六枚羽の天使の名が展開と皮肉的にマッチしており、これが「おお!」と膝を打つ程に上手い(オタクは聖書や神話からのネーミング引用に留まらない、由来・逸話の投影が大好きなので……)。小粒ながら、味わい深い悪役である。

活き活きと動き回るTV版のキャラクター


既存のライダー達も負けてはいない。

ゼロワンには「ヘルライジングホッパー」なる新形態が用意されている。なんだか曲がっちゃいけない方向に曲がっている腕をメキメキと自己再生し、何事もなかったようにエデンに掴みかかる様はまさに「化け物には化け物をぶつけるんだよ!!」であり、高橋文哉くんの怨嗟溢れるアフレコと相まって正に「地獄」。暴走や悪堕ち自体はTV中盤・終盤でもやっており既視感は拭えないのだが、幽鬼のようなアークワンの佇まいに対し、ヘルライジングホッパーは悪鬼の激しさで殺陣による差別化はバッチリ。他に手立ては無かった状況なので「また或人悪堕ちすんのかよ!?」というツッコミも受け付けない。いや「ゼロツー来なかったらどうしてたんだよ……」とはちょっと思った。

そう、ゼロツーがゼロワンを助けに来るんですよ今回!!!!!!!
名場面揃いの本作、間違いなく最大の目玉はゼロワン&ゼロツーの揃い踏みでしょう。TV終盤では或人がアークワンになってしまう為、拗ねたように不破さんのオルトロスバルカンを一蹴するのが最後の見せ場という歴代でもかなりパッとしない最終フォームとなってしまったゼロツーが、ここに来て「ゼロワンドライバーとゼロツードライバーは別物」「ver2の範囲内に留めたシンプルなデザインライン」といった特徴をフルに活かし「1号」に並ぶ「2号」として再臨した。仮面ライダーのパブリックな記号であるマフラーを模すゼロツーストリーマも、イズが変身するやいなや彼女の翻るリボンタイに呼応した「仮面ライダーゼロワン」独自のアイコンへと変容を遂げる様が素晴らしく、グワッとエモーションの地平へと運んでくれる。なんならゼロツー自体、初めから女性的なフォルムだったように見えてくるから不思議なものだ。
TVの大部分をこの形態で乗り切ったので馴染み深い視聴者も多いであろう、俗に言う"中間フォーム"のメタルクラスタにも「飛蝗による内部からの打撃」という、登場初期を思い起こさせる凶悪な攻撃方法でエデンに一泡吹かせ、また衛星砲を飛蝗バリアーで防ぐ活躍も用意されているのが嬉しい所。


サブライダー勢も見せ場十分。
かつて本編ラスボスも勤めたは最終回から引き続き「滅の刃」とでも言わんばかりの和装に身を包み、基本フォームの地力のみで恐ろしく強いライダーとしての格好良さを突き詰めた。演者とライダー両面のビジュアル、及びアクターの高岩さんが一体となって放つ、ちょっと別格の華がありますね滅というキャラクター。イズの事をしっかり気にかけていたのはさりげないシーンながらも、感情の芽生えによるTV版からの前進を感じさせる配慮。

不破さんの悪友的な呼吸も楽しい。不破さんにとってはかつて憎み敵対したヒューマギアの友人が、迅にとっては滅亡迅雷の外で人間の友人がそれぞれ出来たようで、ゼロワンにいまひとつ欠けていたキャラクター同士の爽やかな繋がりがようやく形として観られた満足感がある。コーションマークまでしっかり刻印されたCG戦闘機相手のドッグファイトは、腕力で食らいつくパンチングコングの力強さ、アクロバティックに空中戦を繰り広げるバーニングファルコンの華麗さは勿論、2人の軽妙なやりとりも笑いを誘う。ゴリラァァァーー!!

ZAIA編で全く刃唯阿が変身せず、復帰する頃には戦力として厳しく装者共々不遇だったバルキリーに劇場版で割り合てられたのはなんと仮面ライダーの象徴とも言えるバイクアクション!狭い路地や段差を卓抜した二輪裁きで駆け抜けながらアバドン部隊を翻弄しつつも、跳躍からのしなやかな射撃姿勢や身のひねりで「女性の!仮面ライダーによる!バイクアクション!」に仕上がっており眼服眼服。バルカンとの連携戦術も健在で優遇度は高い。刃唯阿、つくづく「好きになりたかったキャラクター」なんだよな……。

天津垓。作中屈指の「どうしてこうなった」キャラである彼。
「物凄くポジティブでフレンドリーな人格に変貌したが、劇中の誰ひとりとして贖罪を受け入れず嫌われたまま。しかし有能な参謀として活躍はする」という非常に苦しい立ち位置になってしまったTV終盤から引き続き、劇場版での扱いも本編に差し支えないコントシーン担当で、率直に言って追いやられ気味なのだが「意味不明な改心したんだから劇中でも意味不明!」と居直る天津垓の扱いは、過程の伴わない名場面や名言で結果を取り繕う悪癖のあったゼロワンにおいていっそ潔さを感じられるようになってきた。これから、これから仲良くなればいい……!(桜木那智さんの今後の活躍、心から応援しています。)


本作は総じてキャラクターに活気がある。
TV終盤は最早「持て余し気味のキャラが居る」というより「持て余しているキャラの方が多かった」状態に陥っていたので大変うれしい。

選定する側とされる側


新規・既存キャラクター共に活き活きとしており、ライダーのアクションも見所満載な本作「REAL×TIME」であるが、なかなかストーリー部分でも魅せる。劇中に仕掛けられた価値観の逆転ポイントに、巧みに足元を掬われる嬉しさがしっかりあるのだ。

「選ばれしものによる楽園の創造」を掲げ、自身もアバドンの指揮官として前線に立つシンクネット幹部の面々は知的なエリートに筋骨隆々の大男、甘ロリ女子とやや記号的に過ぎるが、それはナノマシンによって創造された理想の姿・アバターであることが判明。現実の彼らは育児を放棄し昼間からネットに耽溺する肥満体の中年女性や、ネットカフェに籠る貧弱なギーグ青年であったりと理想からはほど遠く、自身のままならなさを世界の破滅願望として発散させている集団だった……という正体が暴かれた。ネット文化へのアイロニー自体はさほど珍しくないものの、それなりに社会的地位もありそうなメンタルクリニックの先生がシンクネットに加わっているのは「救いを生業としている自分は、誰に救って貰えばいいのか」と彼なりの葛藤や苦悩が感じられ、鋭い人選である。

そして「選定する側とされる側」の逆転。死別した恋人である朱音の世界を"楽園"とすべく、善良な人間だけを"こちら側"から送り込むのがエスの真意であった為、楽園の選定者を気取って暴れまわり、市民を"むこう側"へと送っていくシンクネットの面々はその実「選定される側」なのである。リアルで破滅願望を抱え、切掛さえあれば嬉々として大規模テロに加担するような生ゴミ共を通さず、エスがあとから纏めて処分する為の台所網(sink net)だったという訳だ。
からくりが明かされてキレた幹部の変身するライダーが、楽園を追放された天使「ルシファー」の名を頂く所まで構図が貫かれており、ぬかりがない。この「選民思想を掲げた狂信者達による大規模テロ物」フォーマットからの土壇場での逸脱が強いアクセントとなり、本映画の満足度を大いに増幅させている。いやコレ、全く読めませんでした。見事。

ゼロワン定食 ヒューマギアのお仕事抜き


仮面ライダーゼロワン、劇場版でこんなに面白くなるなんて一体何があったの??????という感じなんですが、

「あった」んじゃない。

むしろ「無い」んです。


人型AI、夢、お仕事といった、本作の象徴であり、大きく賛否を分かつ要素が劇場版には殆ど絡まない。疑似リアルタイムが生む疾走感に乗せ、ゼロワンが秘めるヒーロー物としての長所を届ける事に注力した「ゼロワン定食 ヒューマギアのお仕事抜き」とでも言うべき作風にガラリと様相変えがなされている。

事象の中心にあるのはAI搭載型ナノマシンやインターネットといった「お隣のテクノロジー」であり、人型AIではない。TV本編後半、アイちゃんやAIBOなどの非人型AIが連続して登場し、立ち往かなくなったキャラクターを無理矢理到達点へと運ぶ役割と相俟って大きな違和感*7を抱いたものだが、本来の劇場版公開時期を思えば、ヒューマギアとは別軸のテクノロジーをメインで扱うに向けての"慣らし"的な意味合いがあったのかもしれない。

あれだけ劇中世界と視聴者を引っ掻き回したヒューマギアも映画では「そういうロボットの種族もいますよ」程度の存在感で、主な活躍は緊張の緩和が役割のコントシーンに留まる。例のラッパーや自主デモ行進による「夢のマシン」像の毀損、AIが人を模すが故にどうしても浮上してくる倫理的問題、社会背景の練り込み不足等によってメインテーマの扱いきれてなさが番組全体に反響していた為、まるっと横に除ければ俄然ヒーロー番組としての持ち味が立ち上がってくる。元々ライダーのデザインやガジェット音声、ド派手な必殺技エフェクトといったポテンシャルは高いも高いのだ。ゼロワン。

ヒューマギアを扱わない事により再活性する仮面ライダーゼロワンだが、その恩恵を最も受けるのが他でもない主人公、飛電或人
「仮面ライダーの主人公に求められる爽快な活躍や瑞々しい理想」と「敵が暴走した自社製品であるが故の責任」をどうにも両立できず、更に「あるエピソードでは人間とヒューマギアに差なんて無いと台詞で言っていたが、別のエピソードではヒューマギアをドライ目に道具として扱っている」といった描写の頻発により、芯にあるヒューマギア観にも拭いきれないダブルスタンダード感が付き纏い、主人公としては感情移入しづらくなってしまった或人。思想の辻褄を合わせ好意的に解釈するにはどうしても定義に定義を重ねる事を必要とし、迂遠であり、直感的な親しみから程遠いものとなっていく。始点は「ロボットにも敬意を払える優しい社長」程度のシンプルなものである筈なのだが……

そういったモヤつきも、ヒューマギアを話のメインに据えない劇場版では一気に解消へ進む。自社の責任を問われない敵と対峙できた或人は俄然身軽になり、テクノロジーの底に通う人間の情を汲んですれ違う恋人同士を添い遂げさせる、ギャグがつまらないのが玉に瑕の若社長ヒーローとして活写された。徹頭徹尾ヒューマギアの肩を持ってきた彼が、ヒューマギアの存在感が薄くなるほど魅力的に見えるというのも皮肉な話である。

有終の美は飾れたのか


入魂のアクション、起伏あるストーリー、宗教的モチーフのちりばめによる終末感の引き立てと妙技妙演が尽くされ、見所満載の「REAL×TIME」だが、本編でメインキャラクター達の描写を疎にしてまで拘り続けた、ヒューマギアやお仕事といった題材を脇に除けてしまっている為「ゼロワンの焦げた箇所を捨て美味しい部分だけで作り直した料理」である面は否めない。一致団結したサブライダー達も、交流が浅いまま本編終了を迎えてしまっているのが実情であるため、見栄えはするものの文脈の追従しきらない場面が散見される(露払いを勤めたサウザーがスッと身を引き、バルカンとバルキリーに前衛を譲る場面などはその典型)。
主題をTV版で描ききった上で新しい敵を用意し、確固たるスタンスの違いにより袂を分かっていたライダー達が遂に団結してこれに立ち向かう姿が、部外者の泊進之介から屈託なく「いいチームだな」と賞賛される様がこそばゆくも誇らしかった「仮面ライダー×仮面ライダー ドライブ&鎧武 MOVIE大戦フルスロットル」のような後日談とは決定的に違うのである。

TV版の不都合に蓋をしている本作自体、積み上げたものが無いのに積み上げたものが結実するようなシーンを作ってしまうゼロワンの悪癖の濃縮と言われればその通りである。TV本編を観ていないと単体では楽しめない割に、TV本編の描写が足を引っ張る部分*8もあり、そして本編の腑に落ちない点はほぼフォローされない。


しかし、面白い。それでも面白いんですよ。


放送中に作風やスタッフのインタビューから匂い立っていた、作り手の描きたいものが先行するあまりヒーロー物としての面白さ追及が甘い空気はサッパリと抜け「客が面白いと思うものとは何か」への冷徹なまでの見つめ直しが行われ、そして実際に面白いものがしっかり出てきた喜びが遥かに上回る。嬉しい。迂遠な理屈で飛電或人のヒューマギア観や人型AIが抱く夢への納得を試みようとせずとも、自然と、素直に、「面白い」の感情が湧きだしてくる仮面ライダーゼロワンが観られたことが何よりも嬉しい。


「劇場版仮面ライダーゼロワン REAL×TIME」、面白かったです。

 
 
 

*1:ゼロワンに刺さった抜けない毒矢。

*2:ジーっとしてても、ドーにもならないアレとか。

*3:或人の悪堕ちや滅の葛藤、与田垣の存在などは良かった。

*4:弁護士のくず面白かったなあ……最終回でスタッフは続編やる気満々だったのに、結局これ1作なのは残念。

*5:最近だと「真田丸」の石田三成や「刀剣乱舞」の織田信長も好演でした。

*6:アネモネらしいです。花言葉は「はかない恋」。

*7:大きいどころではないが、書けば長くなるので……

*8:ナノマシンの暴走も元を辿ると1000%の罪。