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さらば、全てのモルカー。『PUI PUI モルカー』感想

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なんと浅ましい便乗タイトルでしょうか。

だって『シン・エヴァンゲリオン劇場版𝄇』はまだ観てないし、それにどうも昔からエヴァンゲリオン不感症気味で……
エヴァはとても凄いアニメだと思って毎回楽しんでおり、直撃世代ならではの感傷もありますが、
「ニキビ、栗の花の匂い、エヴァンゲリオンが思春期三点セットであった同年代がそうするように、自分語りと並走させた熱い言語化はちょっと出来そうにない。

なので今回はエヴァと同じく、3月に惜しまれつつも幕を下ろした、
今期最ハマり番組『PUI PUI モルカー』のことを書きます。


さらば、全てのモルカー。


PUI PUI モルカーとは

舞台はモルモットが車になった世界。
癒し系の車“モルカー”。くりっくりな目と大きな丸いお尻、トコトコ走る短い手足。常にとぼけた顔で走り回るモルカー。渋滞しても、前のモルモットのお尻を眺めているだけで癒されるし、ちょっとしたトラブルがあってもモフモフして可愛いから許せてしまう?!
クルマならではの様々なシチュエーションを中心に、癒しあり、友情あり、冒険あり、ハチャメチャアクションもありのモルだくさんアニメーション!
(公式サイトより引用)

テレビ東京系列にて、火曜日の朝7時30分より『きんだーてれび』内にて放送されていた、モルモットの車「モルカー」が活躍する全尺2分40秒のキッズ向けショートアニメ。それが『PUI PUI モルカー』。
ごく初期は「モルモットの車」なる有機体とも無機物とも知れぬ珍奇な存在と、コラージュ的に実写の人間*1が同居する世界観が当惑気味に受け止められ、面白半分にネタ消費されていく気配が醸成されつつありました。
が、フェルトで造形されたモルカー達のふんわりにぎやかな挙動や、救急車を助けたい一心で奮闘してくれる姿の健気さに、ストレートに「可愛い……」と心奪われる視聴者が続出。
ほどなくして「劇中モルカーが発する音は全て本物のモルモットの声」「影響を受けた作品に『コララインとボタンの魔女』や『ワイルドスピード』を挙げる監督」「なんかPV見たら『ブラックホーク・ダウン』ばりにヘリは墜落するし、STGのボスみたいなマシンの鮫がビームを撃ってきてる……」と、本格志向な制作姿勢が周知されてくる都度「この作品ひょっとしてスゴイのでは???」との機運は高まっていく。
そして迎えた2話「銀行強盗を捕まえろ!」が関係性・物語性・暴力性の三拍子揃った好エピソード。可愛いモルカー達がほぼ毎話何かしらの不憫に見舞われてしまうシリーズ全体のカラーが決定され、シロモとドライバーの仲睦まじさが共生関係に想像の余地を、街の治安の悪さが世界観に奥行きを与え、更なるブレイクスルーを果たします。

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amazonプライムビデオでは、2話と6話と8話に「暴力」のタグが付いています。

銀行強盗への怯えに加え、悪事に加担させられた情けなさに泣くシロモの心情がよく伝わる演出力の高さと、ドライバーに事件を気付かせない事でシロモの自尊心を守ってあげる粋な結末に魅せられ、私もこの回から本腰を入れてモルカーを観だしたのを覚えています。
放送前は1500人くらいだった公式アカウントのフォロワー数も、この頃にはあっさり10万を超え(現40万8000程)、すっかり火曜朝の人気番組になりました。海外でも大人気で、なんでも台湾では一日に32回放送しているとか……

その可愛さ愛らしさたるや百聞は一見に如かず、知る人ぞ知るの域を越え知らぬ人とて知れ、てな訳でPVのリンクを貼っておきます。放送期間中は最新話がyoutubeでいつでも観られ、1話あたりたった2分40分なので「観てみようかな」と重い腰を上げやすく、リピート性が極めて高かったのも人口に膾炙した秘訣ですね。現在はamazonプライムビデオで全話が配信されており、3月25日よりNetflixでの配信も決定しました。


www.youtube.com

妙技妙演のストップモーション

『PUI PUIモルカー』の魅力を一言で表現するのは難しいですが、なんといってもやはり
ストップモーションという職人的技巧で撮られた」作品であること。

ストップモーションアニメとは、粘土や毛糸、切り絵などにより製作された造形物を、肢体や姿勢を僅かずつ変化させながらコマ撮りすることによって動き・芝居をつけていく映像技法。位置付けとしてはCGの前身にあたり、100年以上の歴史を誇る大変レガシーでアナログな技法でありながら今も根強く新作が作られています。レイ・ハリーハウゼン*2ヘンリー・セリック*3ヤン・シュヴァンクマイエル*4等が本ジャンルのクリエイターとしては著名でしょうか。

この技法がもたらす付加価値は大別して二つ。

ひとつは実在性。「たしかにそこに存在する」物体が、命を吹き込まれたかのように動き出し、喜怒哀楽を示し、物語を紡ぐ様は、もうそれだけでえもいわれぬ高揚を喚び起こす。ヒトのプリミティブな悦びと言ってもいい。だってかわいい*5人形がかわいく動くのが嫌いな人間なんて、いませんよね??????
立体を組成するマテリアルが放つ独自の質感も特徴であり、モルカー達の、毛の一本一本までそよぎだすようなフェルトのボディが伝える圧倒的可愛らしさは、2DアニメやCGには成し得なかったでしょう。
加えてモルカーにはハンドメイド性の高い身近な素材が用いられていたので、裁縫の心得があるファンが実際にモルカーを製作してみたり、劇中で使われた小道具が特定される*6といった盛り上がりにも大いに貢献しました。

もうひとつは工程への敬意ストップモーションアニメは撮影に途方も無い手間が掛かる事で有名な技法です。『ナイトメア・ビフォア・クリスマス』『KUBO 2本の弦の秘密』といった海外の著名なストップモーション映画のメイキングにも、必ずと言っていい程この"手間"に関する言及があり、ティム・バートントラヴィス・ナイトといった方々が「帰れない日々が続いた」「撮っても撮っても終わらない」「人形を動かす寸尺を間違えればシーン毎撮り直し」などなど、怨念篭るコメントを遺されていました。
『PUI PUI モルカー』も例外ではなく、観ている側にはお手軽なショートアニメでも、2分40秒×12話の番組を制作するのに要した期間は約1年半。見里監督曰く4人体制のチームで撮影し、1日掛かって映像としての取れ高は僅か4~5秒程だとか。難しいカメラワークやカット、モルカーとジオラマの人形を一度に動かす緻密な計算を要求される場面になると1日1秒行くか行かないかもザラだそうで、う、う~んマゾい!!あの可愛さはこのような艱難辛苦の末に我々の元に届けられていたのか……ありがたや……と、しきりに平身低頭なのであります。

造形物と技法を愛でることを愉悦の軸とするストップモーションアニメは特撮(とりわけミニチュア特撮)の楽しみ方に通底する面があり、親和性が高いので特撮ファンにもオススメできます。というよりストップモーションも広義には"特撮"ですし、ストップモーションで怪獣を躍動させた『キングコング』『原始怪獣現わる』みたいなのを日本でもやりたい!との円谷英二監督の想いを出発点とし、試行錯誤の末に着ぐるみ方式に分岐したのが、かの『ゴジラ』なので、そもそも源流は同じなんです。

凄まじきアイデアの奔流

ストップモーションという職人的技巧を用いて編み上げられた本作ですが、内に秘める、人を楽しませる為だけに盛り込まれたアイデアの量も膨大。「かわいいキャラがただかわいい事をしていても退屈ではないか」を制作思想に掲げた見里監督の「面白さの骨法」とでもいうべきものが全力投入されています。

先に述べた通りモルカーはモルモットの車であり、まずこの発想からし「そうはならんやろ」とツッコミたくなる非凡ぷりですが、さらにこのモルカーなる生き物(にして乗り物)はタイヤ型の脚をしているにも関わらず、サーッと滑り走行させるのではなく、わざわざ、ぽてぽてと足踏みしながら走らせる事で、視覚・聴覚に訴えかける可愛さを何倍にも高めます。他にも3話「ネコ救出大作戦」はネズミ属のどうぶつが猫に怯える類型化されたエピソード*7ながら、自分の中の後部座席に乗っている猫を怖がる独自性が高い構図を作り上げており、5話「モルレーシング」の、コース上に落ちているニンジンを取ると加速できるレースゲーム由来の小ネタも、ニンジンをちょっと浮かせクルクル回転させる事で所謂「アイテム」感を格段にアップ。10話「すべってサプライズ」ではなんと、高速回転するモルカーにちぢれほぐしたフェルトを被せ、コマ撮りである以上、本来は発生しようのない残像エフェクトを力技で生み出すという凝り用!この場面、あまりにも自然に残像として目が認識するせいで、教えてもらうまで全く気づかなかった……11話「タイムモルカー」に至ってはとうとう本物のモルモット*8がモルカーのご先祖として登場し、一人だけストップモーションの枠に捉われずスンスン動くことで、世界の法則を超えた、始祖に相応しい神々しささえ醸し出しています。
そのままでも十分白眉なアイデアに「もう一手間」を加える余地を見出だす着眼点と、手間の厭わなさこそが、モルカーの可愛さ、番組の面白さを底上げしていると言ってもいいでしょう。

先行作品への愛情に溢れたオマージュやパロディ、クリシェが随所に仕込まれているのも『PUI PUIモルカー』の楽しさ。『インディ・ジョーンズ』や『バック・トゥ・ザ・フューチャー』、『AKIRA』、『ワイルドスピード スカイミッション』といった名指しのものから、サメ、ゾンビ、魔法少女などのざっくりした大枠まで、多種多様の「あ!コレ○○で観たやつ!」が、勘所を押さえた迫力のカメラワークやライティングを伴って繰りだされ、本作をふんわり可愛いだけの作品にとどめておかない、大きなスペクタクルをもたらしています。やっぱり「よく観ている人が良く創る」のだなあ。

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勇ましく踏みとどまるテディちゃん。どこかで見たことありますね。

そして時折ブラック。車にまつわるトラブルを描くのが本作のメインコンセプトの為、ながら運転や強盗、炎天下の車内放置、ポイ捨て、誘拐といった人間の罪業にモルカーは振り回され、よく泣きます。人間に悪意は無くとも、アメコミのように男らしいヒーローを切望していたところ全く正反対な美少女キャラの痛車にされ、泣きます。レースに勝てずご主人の期待に添えない無力感にも泣きます。この「モルカーが可哀想な目に逢う」のも、可哀想なのですが、可哀想なのですが本作の魅力に直結するファクターで、「こ、この先どうなっちゃうの~ッ!?」と続く展開へ向けてハラハラさせてくれますし、ププ……ププ……と震えながらしゃくりあげるモルカー達のいたいけな泣きっぷりは、何度も巻き戻して見ているうちに嗜虐心がくすぐられ、なんだかこう、だんだん、モルカーへのよこしまな気持ちを催してくるような……こ、これがキュートアグレッション……
とはいえやらかした人間は逮捕されたりジュースの池に落ちたり、ウンコと一緒に排出されたりしてしっぺ返しを受けますし、しょぼくれてスンスン泣くモルカーも最後は必ず報われる安心設計。同監督の『マイリトルゴート』*9と比べると、朝の子供番組に向けたチューニングがしっかり施されているのがよく分かりますね。

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「畜生」の愛称で親しまれるテディの飼い主。三浦大知さんに似ている。

アバウトが許容されている空気

駐車した場所からは勝手に動き、ニンジンに釣られて目標を見失い、猫に怯えて縮こまり、洗車を嫌がったり、凍った路面でスケート遊びを始めたり……と、純粋に乗り物として評価するなら、意思や感情、性格に流されがちなモルカーは、機械の車に比べ効率面で遥かに劣るのは否めません。有するアドバンテージは「かわいい」位でしょう。が、それでも敢えて、この非効率な動物が交通手段に選ばれている世界の「アバウトが許容されている空気」こそ、本作品の最も美しく、素敵なところだと思っています。
「本人は起きたがモルカーが寝坊してて遅刻した」「モルカーが美味しそうな屋台に釘付けになり遅刻した」みたいなトラブル、頻繁に発生していると思うんですよ。でもみんなモルカーに乗っているので、時にはそんな事もあるのは十分承知しており「まあお互い様だから……」と済ましてくれる、赦しに溢れ、ついでに有給も取りやすいおおらかな社会。そんな幻覚を私は本作の余白、奥行きの先に視ました。*10
インドではバスや電車といった公共の交通機関1時間、2時間と遅れ、そのままその日の運航は取り止めになってしまう事もザラにあるそうで、さぞ待ってた人達は怒り心頭……かと思いきや、思索にふけったり、同じ境遇の人と雑談などをして「待つ」という時を楽しんだからまあオッケー、と泰然とした様子なんだとか。モルカーなんて非効率な動物を交通手段として採用し愛でているあの世界の人達も、見た目は日本人ながら、体内に悠久の時間的感覚を宿すインド人に近い気質なのかもしれません。生きることの苦しみさえ消えるという愛の国ガンダーラはモルカーの世界だった……??

「人間は愚か」、モルカー世界の人々を指してよく言われる言葉です。確かに彼らはやらかすのだが基本的には善性でモルカーに慕われていますし、モルカーもモルカーで、気まぐれでやや頼りない上、人間が寝静まったらドンチャン騒ぎに興じたりと結構図々しくはあるものの、緊急時には高い行動力と閃きを発揮し、自発的に人間や猫を助けようとしてくれます(猫は苦手なのにも関わらず)。人とモルカーが、お互いのアバウトを許容し合うしなやかな信頼関係で結ばれ、古来より共生を続けていられるのだとしたら、それはとても"豊か"で"賢い"のではないでしょうか。分刻みで追われる時間効率に生活が賭けられ、思いやりや配慮の名を借りた煩わしい取り決めごとによって多数の生きにくさを産み落としてしまった、我々の方が愚かではない保証もないのですから。

他愛ない、だが比類ない2分40秒

『PUI PUI モルカー』は2分40秒の子供向け番組なので、深遠で凄絶な物語が展開された訳ではありません。が、モルカー達のちょこちょこした動きに心癒され、感情の起伏を読み取り、無数に凝らされた技巧や想像の余地を堪能できる、他愛ない、だが比類ない2分40秒でありました。この時代に敢えてストップモーションアニメという表現に拘り、透徹したまなざしで面白さを追及する見里朝希監督、必ずビッグになりますよ……!ストップモーションアニメはその作業行程が故に、「直ぐ!」とはいかないと思いますが、モルカーの2期になるのか、或いは全く違う作品、長編映画などになるのか、いずれにせよ見里監督の次作を今から心待ちにしています。

さらば、全てのモルカー。そして、ありがとう。

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モルカー2期があるなら何卒、お花のかわいいチョコちゃんにメイン回を……

*1:監督の姉だったり、知人だったり。

*2:超が付くレベルの巨匠。かのジョージ・ルーカススティーブン・スピルバーグを初め、ストップモーションのみならずSFやファンタジー、特撮に携わるクリエイターには彼から強大な触発を受けた人間が多い。『アルゴ探検隊の大冒険』の骸骨剣士や『タイタンの戦い』のメデューサは必見。

*3:学生時代の友人だったティム・バートンに誘われ『ナイトメア・ビフォア・クリスマス』の監督を担当した事で有名。ダークでグルーミーな世界観を偏執的に作りこんだ『コララインとボタンの魔女』は見里朝希監督がこの道を志した切掛として挙げていました。

*4:唾液の啜りと咀嚼音を織り交ぜた醜怪な食の表現や、禍々しい悪夢的空間の具現化に定評があるチェコシュルレアリスト長編映画『アリス』は現在もamazonプライムビデオで観られるので是非。『魔法少女まどか☆マギカ』の劇団イヌカレー氏なども本監督のフォロワーとして知られています。

*5:作品によってはグロテスク。むしろこのジャンルは「傀儡」の語感・字面を体現したような不気味寄りの作品のが多い気がします。

*6:私もフレームアームズガール制作時にお世話になった、コトブキヤのMSGガトリングまで登場しています。

*7:仲良くケンカしなよ。

*8:つむぎちゃん。監督の家のモルモットです。かわいい。

*9:見里監督の大学院修了制作となる短編ストップモーションアニメ。童話『七匹の子ヤギ』を原案に児童虐待を題材としており、喪失の重みを子供にあがなわせている歪みきった親の姿と、子供同士の穢れ無き通じ合いが描かれる。

*10:疲れていただけかも。