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優しくなった思い出 『機動戦士ガンダムSEED FREEDOM』感想

 

www.gundam-seed.net
 
『機動戦士ガンダムSEED DESTINY』の放送から、約20年。

劇場版製作決定からは18年。 

長かったなあ……
 
 

 
  

ガンダムSEEDの思い出

 
『機動戦士ガンダムSEED』について懐古すると、真っ先に脳裏へ浮かぶのが、放送当時の集団ヒステリーじみた叩かれぷり。
〇〇のパクリ、戦争や政治にリアリティがない、キャラデザが女に媚び過ぎ、神話由来のネーミングがダサい云々。正当な批判から酔っ払いレベルの難癖まで、ネットでは連日連夜、地獄のような叩かれようだった。
「でもよ~、『鉄血』や『水星』も荒れてたじゃん?」と若い人は思うかもしれませんが、SEEDに比べれば凪みたいなもんです。
「シャア専用板分割事件」「もう種ぽ」等で検索して貰えれば、紛糾の一端が伺えるだろう。
 
回想や総集編が多い、初代ガンダムの展開をなぞり過ぎ、夕方6時アニメにしては悪趣味な描写と、難点も多い番組ではあったと思う。
個人的に、所属陣営の大目的には従うしかない「ままならぬ感」こそ戦争系ガンダムの魅力だと思っていたので、主役達が第三勢力化し、連合とザフト両軍をジャッジしだすのには、やや抵抗があった。

一方で、ガンダム同士の派手なバトル、シャープなメカデザイン、美形キャラクター達の恋愛模様、ハイレベルな楽曲と、商業的にウケのいい要素がドカ盛りで、シンプルに楽しくもあった。
大学でも共通の話題としてよく盛り上がったし、カラオケに行けば誰かしらが『INVOKE』や『Realize』を歌っていた。作れもしないガンプラを買ってきた女子を見兼ね、手伝ってあげたのを切掛に、いい雰囲気になったりもした。その子は別の先輩と付き合った。あんなに一緒だったのに、夕暮れはもう違う色。
 
そう、『SEED』は、いい。
問題は、次回作である。
 

ガンダムSEED DESTINYの思い出

 
C.E.71年。連合とオーブが激しく衝突したあの場所で、戦火に巻き込まれ、家族を失って慟哭する少年がいた……

きた!!!!きたきたきた!!!!!これ!!!!こういうのが観たかった!!!!!
 
前作の主人公達が取った行動を、新しい主人公のまなざしから相対化する、自己批判的な続編。綺麗事と批判されがちだった部分への、意欲的な切り込み。
 
そして何よりも、新主人公のシン・アスカを、私はとても気に入っていた。
凄惨な過去によって心がささくれ立ち、反骨心旺盛な一方、認めてくれた相手への素直さや、戦争被害者への優しさを持ち併せるシン。キラと比べいまいち人気は無かったみたいだが、私には、シンの方が感情移入できた。武勲を重ね、喝采を浴び、パイロットとして成長していく彼を、お前は本当はいい奴だよ、頑張れよと見守った。アスランとの確執を乗り越える日が、そして、キラとの本格的な対峙が、待ち遠しくて仕方なかった。
正義の衝突。果たされし止揚。新旧の主人公達が手を携え、より高次な命題へと立ち向かっていく……
これは素晴らしいガンダムになるのでは???先への期待で、胸がいっぱいだった。
 
 
でも、そうはならなかった。
 
 
番組後半へさしかかるにつれ、次第にシンは「憎しみに捕らわれて後戻りできず、物事の本質を見失っている人」として、ネガティブな描かれ方をされていく。
一方でキラ達への「戦場や情勢を混乱させているだけではないか」との指摘や、中立国オーブの欺瞞性は、糾弾者であるデュランダル議長が悪者だったからオールオッケー!と言わんばかりの結果論で、なあなあにされていく。
 
最終クール。番組のタイトルバックが、デスティニーから、しれっとストライクフリーダムへ変わっている。
あれ?俺は今、何を観ているんだろう?
 
何やら裏がありつつも、真っ当な主張手腕で世界を纏めあげたデュランダル議長が、唐突に、デスティニープランなどというムチャクチャな野望を強行しだす。
あれ?俺は今、何を観ているんだろう??
 
メサイヤ攻防戦。議長の荒唐無稽なプランに流石のシンも動揺しており、おおよそ、最終決戦に臨む主人公とは思えぬメンタル状態に。
自身の選択に胸を張ることさえ許されず、前作主人公達に一蹴され、地に伏し咽び泣く、今作の主人公であった筈のキャラクター。
あれ?俺は1年間、何を観てきたんだろう?????
 
 
もともと『SEED』の頃から、表面上はキラを苛め抜く割に、根本的な所で甘やかす視聴感は、薄々あった。
その甘さが、『DESTINY』では、「新主人公側を下げる」という、なんとも不快かつ、不細工な形で現出してしまっていた。
道は違えど、目指す場所─戦争の無い世界─を同じくしたキャラクターを、こんなにも無下に扱えてしまう姿勢に、ほとほと幻滅した。敵側の尊厳や矜持を重んじてくれる作品も多い中、なんと狭量で、懐の浅いことか。
ましてや、シンは悪役でもなんでもなく『機動戦士ガンダムSEED DESTINY』の主役だ。主役だよ???彼が好きで、1年間応援してきたんだよ、俺は……

大体なあ、「上の方から新しい主人公出してって言われたからシンを出したけど、作ってる側としてはキラが主人公のつもりだった」なんて、観てるこっちは知らねえよ!!!!!!この構成でシンを主役だと思わない奴なんているか馬鹿!!!!!新主人公を差し置き旧主人公が出しゃばるのなんて、創作の典型的な失敗だからね??????キラだって、人間味の欠片もない何考えてるかわかんない奴になってるし、新主人公を押し退けて出てきた旧主人公すらも上手く描けてないの何なんだよ!!!!!ムウもさ、前作で死んだのを無かったことにしてまで続編に出しといて、結局は持て余してるの何なんだよ!!!!!!ネオとの板挟みで多層的なキャラクターに描けた筈だろ!!!!!アスランも今度は、組織に属しながらやれる事を模索すると思いきやまた脱走かよ!!!!!戦争はコウモリごっこじゃない!!!!!いややっぱりシンの扱いだよ!!!!正義の衝突を描ける力量が無いんだったら、キラとラクスが暮らしてた所に暗殺者が襲ってくる、完全キラ目線の勧善懲悪にしとけばいいじゃねえか最初から!!!!上の方から新しい主人公出せって言われた?????知らねえよ!!!!!!
 
 
纏める。
新主人公・シンのまなざしを通じ、キラ達の行動を相対化する自己批判的な試みは、風呂敷を広げる段階において、ひとまずは成功していた。
しかし段々と、正義の衝突を描き切れない力量不足が浮き彫りになり、新主人公側を下げるやり方でしか畳めなかった、中途半端で、残念で、失望させられた続編。
それが『機動戦士ガンダムSEED DESTINY』だった。
 

今更の劇場版

 
そこにきて此度の、『機動戦士ガンダムSEED FREEDOM』、劇場公開日決定である。

青春を共に過ごした作品の、約20年ぶりの劇場版。
ポシャっていなかった事を大いに祝うべきなのだろうが、前述した通り、ガンダムSEEDとは、喧嘩別れのような間柄だった。
特にシン・アスカの扱いに関しては、『スーパーロボット大戦』を初めとする二次作品群が、この20年間で、様々な可能性を示してきた。
 
堂々とした信念を胸に、キラとアスランを乗り越えていくシンがいた。
キラとアスランに歩み寄り、志を共にするシンがいた。
竜宮島で少年達の先輩となり、黄金の怪物と戦うシンがいた。
 
言ってしまえばもう、公式の物語など、必要としていなかった。シンとデスティニーは、自分がゲームで活躍させればいいんだから。
でも、こんなにも好きになれた、シンやデスティニーと会わせてくれたのは『機動戦士ガンダムSEED DESTINY』という公式作品だし、人並み以上にSEEDのゲームを遊び、SEEDの玩具も買ってきた。
果たして私は、ガンダムSEEDが好きなのだろうか。嫌いなのだろうか。自分でもよく解らない、アンビバレントな、愛と憎のガンダム。
 
いっそ耳を塞ぎ、目を塞ぎ、劇場版スルーを決め込もうとしたが、約20年ぶりの公式供給という蠱惑。抗いようもなかった。何も知らない方が幸せと言うけど、僕はきっと満足しないはずだから。
でも期待すんな、期待はすんなよ???盛大に俺を裏切った『DESTINY』の続きなんだからな???
大体、20年経ってやっと世に出た映画なんて、作り手のモチベーションも高い筈ないじゃん。絶対面白くないよ、面白くない……
 
……
 
…………
 
面白い……
 
ガンダムSEEDって、こんなに面白いロボットアニメだったっけか!?
 

和解の握手

 
吹き飛ばされた一輪の花。
広がる戦火、逃げ惑う人達。
救援へ向かう新型戦艦。
発進するモビルスーツ隊。
 
「シン・アスカ!ジャスティス、行きます!」
「キラ・ヤマト!フリーダム、行きます!」
 
約20年越しに果たされた、新・旧主人公達によるダブル出撃シーン。
打ち震えた。
これが、これが観たかったんだよ、ずっと……
二次著作物では絶対に及ばない「公式」の輝き。心にわだかまった靄が、さあっと払われていく。
続く、オルドリン自治区の戦闘も素晴らしい。映画におけるつかみであり、大迫力のモビルスーツ戦が繰り広げられるのだが、このシーケンスの真価は「SEED DESTINYへの禊」。本作の客には、私のように、不信や落胆を引きずってきた層が、決して少なくなかった筈。そういった怨霊どもを、手際よく、的確に鎮めるようなつくりになっているのだ。
 
例を挙げると、
 
物議を醸したキラ達による介入行動も、今作では独立平和維持組織の活動として、連合・プラント双方から認められている。議長のやり方を否定したものの、ふわっとしたヴィジョンしか示せてなかった頃に比べ、俄然、肯定的に見られるようになった。
 
避難民の救出を最優先に戦うシン。自分のような哀しみを背負う人間を、これ以上絶対に増やしてはならないと奮戦する姿を見れば(亡くした家族を思い起こさせる一家を、シールドで守っているのが泣ける)、ずっと引っ掛かっていた『DESTINY』の結末も、キラと和解したことも、ようやく素直に喜べる。
 
見応えあるモビルスーツ戦。リマスターで美化されているが、昔のガンダムSEEDはモビルスーツの動きが固かった。しかし映画は違う!3DCGでグリグリ動く!特に量産機の挙動が段違い。マシンガンやバズーカで敵を迎撃するジン。デストロイを旗印に進軍してくるダガーL。避難民を捉えカメラアイをギラつかせるウィンダム。ヤラレ役ながらも、魅力を存分に発揮している。
 
これが、この客に寄り添ったつくりが、丁寧なフォローが、本当にあの、あのガンダムSEEDなのか???
 
まるで、不信と落胆を長年抱え続けた私へと差し出される、和解の握手のようだった。
映画は始まったばかりだが、もう私は『DESTINY』での禍根を、赦していたんだと思う。「作り手のモチベーションも弛みきっているに違いない」という舐めた姿勢も、即、改めざるを得なかった。『機動戦士ガンダムSEED FREEDOM』、コレはスゴいのでは……?
 

キャラクター寸評

 

シン・アスカ

ずっと好きだったキャラクター。

彼の扱いが最大の不安要素、懸念事項だった身としては、心臓をバクバクさせながら映画館のシートに座った訳なのだが……
 
やったな、シン!!!!!!!!!!
お前はやる奴だと、ずっと信じてた。本当によかった、よかったよ……「ガンダムシリーズ最も不遇な主人公」などと呼ばれてきた20年間も返上だよ!今日!ここで!!
 
『FREEDOM』のシン・アスカは、当初、新キャラどもにナメられまくっている。議長に利用されてただの、フリーダムキラーも大したことないだの……
このナメられっぷりがまた、「俺はシンが好きだよ」と言おうものなら「えっ!?キラやアスランに主役奪われた負け犬じゃん」「デスティニーなんか腕壊されたら何も出来ないからなww」などと、20年間さんざんナメられてきた思い出と重なり、絶大な感情移入効果をもたらす。お、お前らに、お前らにシンの何が分かるんだよ!!!見返してやれ!!!!!
しかし、新たな愛機・イモータルジャスティスもパッとしないまま大破し、墜とされてしまう。今回も、今回も駄目なのだろうか……
 
と思ったらデスティニー来ちゃあああああああああ!!!!!
 
前情報には影も形も無かったため、出ないんじゃないかとハラハラしてたが、やっぱりあるじゃんデスティニーガンダム!
しかも超強い。アホみたいに強い。ギュワンギュワン飛び回ってアロンダイトを振り降ろし、高エネルギー長射程砲をぶっ放しと、武器が大振りのクセに全く捉えられないので、最早ノーデメリットの火力お化け。
更にオカルトパワーも発動!!ステラ!!!!ブラックナイト達の「こいつの闇は深すぎる!?」って反応がまた極上。ポッと出のお前らになんか解るか!!!!!!番組の主人公からはじき出された男が、20年に渡って熟成してきた闇の深さがよ!!!!!!!
そして、そしてあの分身!!!!なんだアレは!?!?敵もビビった。観客もビビった。作った議長も多分あの世でビビった。デスティニーの分身って、高速移動に伴い発生するジャミングに過ぎない筈なのに、分身のひとつひとつが攻撃しとるやないか!なんだよ、なんだよこの強さ……!

心から、快哉を叫んだ。この20年間、デスティニーの勇姿を、ゲームや玩具で補完してきた人間のひとりとして。
あの分身は、あの分身は俺達のデスティニーなんじゃないか???俺達がゲームで活躍させたり、玩具でブンドドしてきた、各々の、心のデスティニー達が集って具現化し、シンに力を貸していたのではないだろうか????などと夢想してしまう程に、夢のような光景だった。
 
シンの活躍は、MS戦での獅子奮迅に留まらない。コイツ、ドラマパートでもやたらかわいい。キラを隊長隊長呼んで懐いていたり、ルナマリアに中学生みたいなドッキリを仕掛けたり、立食パーティでケーキをドサドサ取って来たりと、もはや駄犬のようなかわいさ。
ゲーム等で描かれる『DESTINY』後のシンは、一周り成長し大人びているのが定番だったので、このドギーな可愛さには当初、やや面食らった。でも、これが本来のシンなのだ。憑き物が落ちたところでもう一度、素直なティーンエイジをやり直させてあげる、作り手の親心。公式による、公式だけが描ける『DESTINY』後のシンとして、とても良いキャラ解釈だったと思う。
 
故郷をレクイエムから守る為の新形態・ゼウスシルエット(オーブの象徴たるアカツキから渡されるのも良き)登場のサプライズもあり、デスティニーも、シンも、100点満点中三億点!!!最高に、最高にカッコよかったよお前!!!!
 

キラ・ヤマト

好きだったが、苦手になっていったキャラクター。
 
ガンダムで戦う重圧と、思春期特有の煩悶が軸となっていた『SEED』中期頃までは好きだった。応援できた。
しかし、フリーダム搭乗後、達観した雰囲気を纏い出してからは、いまひとつノれず。この傾向がより増した『DESTINY』では、「超強いヤツが、ポエットな美辞麗句を並び立て、物事の本質は全て見通してます風な振る舞いをする」という、完全に苦手なタイプのキャラクターになってしまった。
 
とはいえ、キラ・ヤマトは大人気のガンダム主人公。なので、私が苦手としているキラは、まあ今回も、そういう感じで行くんでしょうね〜と、だいぶ冷めていたのだが……
 
延々続くブルーコスモスとの戦いに、疲弊と苛立ちを隠せず、皆の前で言葉を荒げてしまうキラ。
 
議長のプランを否定した選択は本当に正しかったのかと、信念の揺らぎを覗かせるキラ。
 
心技体で自分を凌駕するオルフェの登場に、ラクスは僕を捨てて彼をパートナーに選ぶんじゃないか?と心をざわつかせるキラ。
 
おや、明らかに『DESTINY』とはトーンが違う。
スーパーコーディネーターのキラ・ヤマトを、今一度、迷える青年に戻そうとする力学が、作品全体に働いている。主人公の相対化、出来てるじゃん今回!
俄然、キラへの関心が復活してくる。計略に嵌められ、愛機を失い、心身共に追い詰められていく様に、感情が乗る。どうする、キラ。仲間たちも心配しているぞ。そこで、そこで彼から放たれる一言──
 
「だって、君達が弱いから……!」
 
こ、こ、コレ〜〜!!!!!!
お前の、お前の口から、そういう言葉が聞きたかった……!
 
志に共感し、集ってくれた仲間に対しての、あんまりにも、あんまりな物言い。
だが、不快感は一切無かった。
むしろ、嬉しかった。
キラの心は今でも、ストライクを駆り、「僕がやらなきゃ!」と気負っていた少年のままだったのだから。達観したようでいて、ボロボロの内面を覆い隠しながら戦っていたのだから。そこは『DESTINY』で描写しとかんかい!!!!とも思いつつ、ようやく、20年越しに、キラが「人間」を見せてくれた。そんなの、応援したくなるに決まっている。
能力で劣る者を無自覚に下に見ていたフシがあり、追い込まれると、本音としてポロッとこぼしちゃう……そんな醜さが、弱さが、あったっていいじゃんキラにも!心の澱みをちゃんと吐き出し、親友や仲間の想いで立ち直れる男を、誰が、誰が嫌いになれようか。
 
キラに冷めていた私の心をグッと引き戻した後は、新型機・マイティーストライクフリーダムでの大暴れターン。これがまた、デスティニーに負けず劣らずカッコいい!
放つ光、空に堕ちる。望むだけの、熱を捧げて。キラに感情移入できている状態で見るストライクフリーダムの無双、こんなに、こんなに気持ちが良かったのか……アガる!!爆炎の中からパイロットスーツ姿のラクスが現れ、ガンダムの傍らに立つ演出も白眉。流石のガンダムSEED、エモーショナルな一枚絵が力強い。
 
キラ最強のガンダムが、ラクスとの並列復座機である事で、本編のテーマ「愛」を体現しているのも、いい。
愛。
さんざん、修辞的でポエットな台詞回しをやってきた『SEED』の結論としては、あまりにも単純。あまりにもシンプル。ともすれば陳腐で、拍子抜けだ。
 
でも、それでいい。それでいいんだよキラは。カッコいいよ。
僕は弱いから、好きな女の子に側で支えていて欲しい!ずっと一緒にいたい!って堂々と言えたキラの方が、なんか達観してる頃よりも、全然カッコいい。
もう、存分にラクスとロマンティクスせえ!!!
 

アスラン・ザラ

オタク「アスラン・ヅラwwww」
オタク「トゥー!!ヘァ-!!」 
福田監督「どけオタクども……俺が本当のアスランの遊び方を教えてやる……」
 
 
恐れ入りました。
面白すぎる、面白すぎるぜ、劇場版のアスラン……
 
いやだって、ズゴックで現れるんですよアスラン!?
え???ズゴック???ズゴックってあの????我が目を疑う。正気も疑う。ギャンとゲルググが出るんだから、これ以上ジオン物は出んやろ……とのスコトーマを突いた、見事なサプライズ・ズゴック。
あの、まるまるかわいい躯体が、敵の最新鋭機・ブラックナイトと渡り合う勇姿!どこかで聴いたような颯爽たるBGM!ユラ〜ッと立ち上がる例の演出!ここでシャアを引用してくるのはずるい、ずるいぜアスラン!アスラン・ザラ、おもしれ〜男……
 
そして、キラをぶん殴る!
キラの「君達が弱いから」発言にカチンと来て、思わず手が出ちゃうアスラン。ボッコボコに殴るアスラン。コレ!!コレだ!!二人に欠けてたのは殴り合いだったんだ!!!
 
『SEED』でも『DESTINY』でも、最終的にはアスランがほだされ、キラが受け入れる形になっていたため、対等の親友らしさを感じ辛かった二人。アスラン側からキラを立ち直らせる展開も絶対にあるべきだったし、これでこそ、真の友情ってやつでしょう。
ひとしきりキラをぶん殴ったあと(シンもついでに殴られるところ、劇場でドッと笑いが起きてた)、もっと俺達を頼れよと、優しく諭してくれるアスランがまた、熱くて、いいヤツで……20年間ちっともノれなかった二人の友情を、初めて今回、いいなと思えた。
 
ハッキリ言って、アスラン、嫌いなキャラだったんですよ。フラフラフラフラしてて、これまで一度たりとも魅力を感じたことが無かった。
そんなアスラン嫌い歴20年の自分から見ても、『FREEDOM』のアスランは、凄く良かった。笑いを取り、友を導き、映画全体の沈痛なムードまでも塗り替えてしまう、面白くて、強くて、頼れる男。かと思ったら最終決戦で……このムッツリスケベ!!!何考えとるんやお前!!!!!あ〜、面白い!面白すぎるぜ、アスラン。

20年越しに、ようやくアスランを好きになれた。シンよりも、キラよりも、劇場版で一番の収穫は、アスランだったのかもしれない。
 

その他の人たち

キラ、アスラン、シン以外の既存キャラクターでは、やはりラクス。泰然とした振る舞いが苦手だったのだが、『FREEDOM』では喜怒哀楽や弱音を表に出すチューニングが利いており、だいぶ人間味のあるヒロインに。卵焼きに揚げ物と、庶民的な料理を作っている姿で一気に親しみが増すのだから、フード理論って偉大だなあ……
山場で放たれる名文句「必要だから愛するのではありません!愛しているから必要なのです!」も、両澤さんの書くラクス節をエミュレートしつつ、より直感的に、作品全体へとこだまするメッセージとなっており、心に響く。

マリュー艦長の来る所まで来た戦艦づかいや、悩める彼女キャラとして開花したルナマリアも良かった。イザークとディアッカが、またデュエル、バスターに乗ってくれたのも嬉しい。ムウさんはステラの件で、シンとどう折り合い付けたのか描いて欲しかったな……『FREEDOM』大ヒットなんだし、前日談OVAとかどうですかね!?
 
新顔ではアグネスが好き。「愛」を巡る本作のテーマを反面教師的に背負い、憎まれ役としてラクスやルナマリアを引き立てる、良きアバズレ。『逆襲のシャア』の雑なパロディ要員かと疑ってすいませんでした。どう見ても死にそうなコイツが穏やかな結末を迎える辺り、ああ、「20年後のガンダムSEED」だなあと。
 

寄り添いと居直り

 
ここまで長々、シンの扱いがどうだの、キラとラクスの人間味がどうだのと、不満点へのフォローが行き届いているから『FREEDOM』は素晴らしい的な褒め方をしてきた。
 
しかし『FREEDOM』は決して、反省会ムードの漂う作品ではない。製作側も語り直しておきたかった箇所が、視聴者側とたまたま一致していた程度の温度感だ。総体としては、堂々と居直っている部分の方が、遥かに多い。
 
戦争や差別問題はあくまで舞台装置であり、キャラクターの感情、活躍の側に重点を置くカジュアルさ。
 
相対的な正義を問いかけている風で、その実、分かりやすい悪役を倒し物語を畳む。
 
物語を駆動させるため、しつこい程に繰り返される、湿っぽくて粘度の高い恋愛ドラマ。
 
いずれもガンダムSEEDの、ハッキリ言ってしまえば幼稚な部分だが、『FREEDOM』でも特に改善は見られない。むしろ、完全に居直っている。
「それの何が悪いんじゃい!!!!!俺のガンダムはこうなんじゃ!!!!!」と。
キャラクターのエモ、派手に悪役をブッ倒す爽快感、男女の昼ドラ的湿っぽさを、持ち味としてより研ぎ澄まし、一点の迷いも無くぶつけてくる。そして実際に『機動戦士ガンダムSEED FREEDOM』は、高いエンターテイメント性を誇るロボットアニメ作品として、トンでもなく面白い。
 
平成に捧ぐアンセム『劇場版 仮面ライダージオウ Over Quartzer』や、2021年に堂々完結した『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』といい、10年、20年と毀誉褒貶に晒されてきたコンテンツが、いっそ手前味噌に居直る姿は、力強く、美しい。作品と歩んできた、私達の人生までも肯定されるような、無上の多幸感。
しかも今回は、あのガンダムSEEDだ。20年前、喧嘩別れになったまま、愛とも憎ともつかぬ感傷を刻んでいったSEEDが、こんなにも剛毅に居直り、衒いなく、最高に楽しい映像体験をさせてくれた。
「好きの反対は嫌いではありません。無関心なのです」と、私がSEEDへ抱く想いの本質を、鮮やかに看破するラストメッセージまで添えて。
 
ガンダムSEEDはこの20年間、ずっと、私の中にあったのだ。
ならばいつまでも、「ガンダムSEED、好きと言えば好きだし、嫌いと言えば嫌いで……」などと口ごもっていては、失礼じゃないか。
今ここで叫ぼう。高らかに。
 
ガンダムSEED〜〜〜!!!!大好き〜〜!!!!!
 
 

おわりに

 
観に行く前はあんなに疑心暗鬼だったのに、すっかりヤラれて、もう3回も観てしまった『機動戦士ガンダムSEED FREEDOM』。
どんなペシミストも、映画を観て変わる。
 


 
X(旧twitter)でも言ったが、あの激荒れ作品『ガンダムSEED』の新作が、今やとても和やかに、楽しそうに語られている様は、とても感慨深かった。
 
受け手側の心境や嗜好、世代の変化もあるだろう。20年は長いのだから。
でも、最大の要因はやっぱり、作品自体のパワーだったと思う。
メチャクチャ面白いんですよ、『機動戦士ガンダムSEED FREEDOM』。『SEED』や『DESTINY』の嫌いだった所も、そんな事あったねと、笑って流せる程に。
20年も前の仕事の続きを、こんなにも士気の高い、気迫漲るアニメーションとして結実させた、福田己津央監督を初めとするスタッフの皆様、本当にお疲れ様でした。最高に楽しかったです。
 
 
そういえばここ最近、ガンダムSEED関連の楽曲をヘビロテしていたところ、今の心境にぴったりな歌詞が耳に留まった。
引用にて、本記事の締め括りとしたい。
 

あれから 少しだけ 時間が過ぎて
想い出が 優しくなったね

『静かな夜に』ラクス・クライン (田中理恵)